白井市の概要
白井市(しろいし)は、千葉県の北部に位置し、都心から30キロ圏内にあります。同市の大半は平坦な下総台地上に広がっており、北側は手賀沼に接し、中央部には南北に国道16号線、東西に北総・公団線が横断しています。また、印旛沼水系に属している神崎川と二重川が流れ、これらに沿って広がる低地は古くから水田として利用され、台地上では明治時代から始まった梨の栽培が行われています。全国有数の梨の産地として、果樹面積は県内1位を誇っています。
かつては、緑豊かな純農村地帯でしたが、1970年代の工業団地の造成、昭和54年(1979年)からの千葉ニュータウンの開発や北総開発鉄道の開業により、首都近郊都市として急速に発展しました。
白井のあゆみ
白井市では、旧石器時代や縄文時代の遺跡が発見され、古くから人々が住んでいた様子がうかがえます。特に「清戸の泉」という史跡に伝わる平安時代初期の竜神伝説は、日照りの際に、旅の僧が竜神にお祈りをして大地が潤ったというもので、同市の歴史の幕開けを物語る大きな出来事のひとつといえます。
江戸時代になり、木下(きおろし、現印西市)と行徳(現市川市)を結ぶ、木下道(現木下街道・県道市川印西線)の宿場が置かれ、この地が発展しました。このころから「白井」という地名が使われるようになります。その後、木下道は、木下から鹿島や銚子へと続いているため「鹿島道」、「銚子道」、または、銚子や鹿島灘で獲れた鮮魚を江戸・日本橋まで運ぶルートだったため、「鮮魚道(なまみち)」などとも呼ばれていました。
冨士地区や十余一地区では、平坦な地形を利用して、徳川幕府の野馬の放牧場である牧として土地利用され、年に一度の野馬捕り(のまどり)が行なわれていました。
江戸時代の白井には、歴史を伝える文化財が数多くあり、その代表として国指定重要文化財の古民家である「滝田家住宅」と、牧の管理を行なっていた川上家に伝わる「小金牧の牧士資料(もくししりょう)」などがあります。
明治時代に入ると市町村の分合が繰り返されますが、江戸時代からの「白井」という名称が自治体名として継承され、大正2年(1913年)に白井村になりました。そして、昭和40年代に造成された工業団地や、昭和54年(1979年)から入居が始まった千葉ニュータウンにより、農業が主体であった町は、住宅都市へと大きな変化を遂げ、平成13年(2001年)に市制を施行し、白井市が誕生しました。現在は、「連携協働」による住民本位の行政運営に努め、将来像に「住民参加で快適な健康文化都市」を掲げ、みんなが安心して生活できる「やすらぎの白井」の実現を目指しています。
白井の名前の由来
白井の由来は、台地から流れ出た雨水が土砂を押して、川をせき止めたところから「之浪堰(しろい)」となり、和銅6年(713年)、天明天皇の御代に「代堰(しろい)」の字が当てられたといわれています。また、昔からきれいな水が湧き出る井戸や泉が多いことで、「知る井」が訛って白井になったという説もあります。
 |
 |
 |
 |
| 白井の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓ |
白井市郷土資料館 |
| 住所: |
〒270-1422
千葉県白井市復1148-8 [地図を見る] |
| 電話番号: |
047-492-1124 |
| 開館時間: |
9:00〜17:00 |
| 休館日: |
月曜・祝日・年末年始 |
| 入館料: |
無料 |
|
 |
 |
 |
 |
|
 |
|